辺野喜共同店閉店の経緯と今後のこと(2022年2月末閉店)

こんにちは、オサナイです。

年末年始のこんなタイミングですが。。実は営業していた辺野喜共同店ですが、2022年2月末を持って閉店する運びとなりました。

良く聞かれる経緯ですが、いつかどこかで役に立てばと思い、少し触れていきます。

これまでのこと

10月に閉店勧告

2021年10月に集落から閉店勧告がされました。そのため、なす術もなく2022年2月末で閉店することになりました。

閉店勧告の理由

閉店勧告の理由は、集落の財政上の問題です。

電気代や運営補助(2.5万円)をする、と言う前提で契約いただいていたのですが、もうその資金がないと言うことです。

そう言うと、財政的に厳しいのか、と思うかもしれませんが、集落として字費(いわゆる自治会費)を徴収せず、昔のダムの賠償金を取り崩したりしているのだから、そうなるのも無理ありません。

また、実は契約して半年で既に資金がないとは聞いていました。たまたま入った国頭村役場の補助金をキャッシュに補い延命させいていたものの、最初から継続させるつもりはなかったことは、当時から感じていました。

資料一つない中で一方的に閉店を勧告され、私や奥さん含めてどのような心境だったかと言えばお察しの通りです。

契約も法律も通用しない世界

共同売店の契約は少なとも名目上は賃貸借契約です。売店やってもらう代わりに売店を貸すよ、そうゆう契約で実際に契約書もあります。賃貸借では法律上借主が保護されるものです。

しかし、そんなものは関係ありませんでした。

最初は歓迎するけれど、飽きるとすぐ放り出す。

世界遺産やんばるってこうなんでしょうか?

共同売店の前に集落が大事

2年間売店営業を続ける傍ら、共同売店の維持に関して、色々な方と意見交換しました。

売店の営業はシンプル

売店の営業としての継続はシンプルです。収益をきちんと上げて、必要な投資も行いながら継続することです。

いろんな方法があります。

私の場合は、リモートワークでのマルチタスク推進(これ大きい)、部分的無人営業、POSレジや経理の自動化、価格の見直し、宿泊やガイドなどの他の収益の確保などを検討、一部実施しました。

でもこれは実行するだけなので、そんなに問題じゃないでしょう。

問題は集落

共同売店の継続で大事なのは、実は売店経営ではなく集落の運営における体制や方針、覚悟だと思います。

議事録をつける、お金の流れを把握する、情報を公開する、約束や法律を守る。

いくら売店を外部に委託しても、大家である集落がそうゆう状態であれば、安心して売店主任は商売できないし継続されません。

それから一度自浄作用がなくなれば、あとは負のスパイラルに陥ります。

もう、この集落や役員はダメだから、そうゆう個人個人の声もたくさん聞いてきました(集落外に住んでいる私にだから言えることがあるんだと思います)

そうなる前に改善し、将来に向けてしっかりとしたビジョンや計画を持たないと、売店を維持することは難しいかなと思います。

あるべきはコミュニティの中心となる売店でよくて、共同売店である必要は必ずしもないと思います。ただ共同売店だったら、上記の通り集落も頑張らないといけないでしょう。

これからのこと

空き家見に来てください

せっかく前家主から提供いただいた空き家ですが、自分でこれ以上いじるのは意味がなくなってしまいました。別の方に提供したいと思います。

ジモティで空き家情報を公開しています。内見も可能なのでぜひ、いらしてください。

なお、移住希望者が多いのに住宅が不足している国頭村においては、犬も連れれられるような古民家が公開されるのは、とても貴重です。

閉店セール

2月になったら、一気に処分していこうと思っています。なお、基本的にはこうゆう経緯なので、集落外の方(≒スマホとかSNS利用者)、それから子ども、子育て世帯、村内若手事業者を優遇して提供し、最後場合によっては食料品はどこか寄付しても良いかなと思っています。

状況見てまたご案内します。

シンポジウムと本

協力隊関係で自分の体験談などを、書籍に載せてもらう予定です。あと2月にシンポジウムで登壇予定があります。きちんとオブラートで包みながら、集落のこととか話せたらいいなと思います。

状況見てまたご案内します。

次の仕事はプログラマー

仕事の心配をよくされますが、元からリスクヘッジはしていまして。11月からアプリ開発のプログラマーになりました。Flutterを使っています。

未経験だったので今は収入低いですが、将来ちゃんと稼げそうな気がしています。この辺も、今度記事書こうと思います。

終わりに

売店経営は単純に見えますが、保健所や酒類販売の許可、経理の記帳に、個々人の好みや沖縄の食文化、季節ごとの行事の把握、地域の信頼構築など、面倒な部分もたくさんあり、一般的な小売のノウハウは通用しない、ニッチで専門的な知識・経験が時には必要になります。

そしてここにこれだけの記録を書いています。きっと後で手を挙げる人は出ないでしょう。1916年から続いた共同売店ですが、きっと私を最後に本当に永遠に閉まるのかなぁと思います。

残念ですが、私もすでに情熱も落ちていきました。新しいことに励んでいます

2月末には商品も備品もすっからかんにします。それまでは最後のひと時をお楽しみください。

この記事を書いた人

オサナイ(小山内 大輔)

沖縄の道の駅 ゆいゆい国頭の職員(地域おこし協力隊)。元公務員。大田区Meetup代表。
WordPress歴1年でWordCampに無理やり登壇。沖縄を拠点に時々東京で活動する“沖縄1.5拠点生活”に挑戦する。